お見合い

そうか、そう言うのかと初めて知った。

雑誌「大阪人」2001年第55巻3号の「大正、昭和の天満・船場のまち、くらし、遊び歌」に明治43年生まれ(祖母と同年生まれ)の加藤甚弥さんと大正生まれの奥様の清子さんのインタビュー記事の中、「「の」の字のお見合い」という内容があった。

以下、清子さんの言葉を抜粋
「お見合いのこというと皆笑いはるんですけどね。私とこは「の」の字のお見合いです。生玉(生國魂神社)さんですねんけど、男の人は先に着いて、山のいちばん高いところにいてはって、私らは「の」の字に下から回って上がっていきます。男の方も上から同じように降りてきはる。途中でいっぺんすれちがうだけです。
 そのあと料理屋さんに部屋三つとってあって、真ん中に仲人さんがいはって、まず男の人から扇子をもらって、それを女の方に渡して、今度は女の方の扇子を男の方に持っていきはる。それで終わりですねん。後も顔も合わさんと、こっちはこっち、あっちはあっちでご飯食べて帰りました。−後略−」

祖母のお見合いはお寺ですれ違うだけだったと聞いていた。
祖母のお見合いは「「の」の字のお見合い」と言うものだったのではないだろうか、私はお寺の廊下をすれ違っただけだと思っていたが、境内の中を「の」の字で歩いてすれ違っていたのかもしれない。

そのあと祖母が料理屋さんに行ったかどうかは聞いていない。扇子を交換したかどうかもわからない。ただ顔もよく知らないまま祖父と結婚が決まり、婚礼の翌朝、寝ている祖父の顔を初めてよく眺め「えらい鼻の大きい人やなぁと思うたわ」と昔話で話していたと母から聞いた。

若い女性が持てる権利も選択肢も多くは存在していなかったその時代、親が決めた相手と夫婦となることが必ずしも不幸というわけではなかったのかもしれない。そもそも比べる「自由」がない。

たまたま読んだ古い雑誌で祖母の思い出話しを回想した。

インターネット広告の「トランスメディア」提供スキンアイコン by papillonH | 2012-08-14 21:05

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