昨夜布団にもぐりウトウトとしかけた頃、何かの連想からパパがなくなる直前の映像が浮かび上がってきてたまらない気持ちになった。
私がパパの元に到着してから父の呼吸が止まるまで9時間近くあっただろうか、その間意識が戻ることはなかった。最後にだんだんと心拍や呼吸が弱っていくパパの姿はとても鮮明で、まどろんでいた私をはっきりと覚醒させた。
「(お母様を、あるいはご両親を亡くされて)おつらいでしょう」と昨年からなんども聞いてきたが、実際のところ、「親を亡くした実感」が常にあるわけではなく、印画紙に浮かび上がる画像のようにパパやママの姿が時折発作的に浮かんできては胸を締め付ける。
日常のささいなことを伝えられない寂しさも時折ある。濡れた服に袖を通すようなたまらない気持ちの時に声を聞けない寂しさも時折ある。
お金は全然ない人達だったし、これでもかというくらいケンカもした。でも気持ちで全面バックアップしてくれるような最強の味方だった。そんな二人が半年の間でいなくなってしまうとは。
私には霊界のことはよくわからない。人が死んでからどんなステージを通り抜けていくのか知らない。
だけれど、感覚的にばあちゃんは何故か近くにいて、パパやママは死んでからのステージクリアが忙しくて(良い意味でね)、とりあえず私の近くにはいない気がする。私や姉のMちゃん、家族みんなのことを心から心配しているには違いないけどとりあえず「stage:成仏」の過程をいそがしくこなしているような気がする。ばあちゃんは、とりあえず、「stage:成仏」はクリアして一段落ついたから私の近くにいる余裕があるんじゃなかろうか。
そう言えばと姉のMちゃんと話したことがある。
ママはとても料理が上手で、運動会のお弁当も、お正月のおせち料理もそりゃもう豪勢なものだった。
だけれど、私たち姉妹はお嫁に行くまで台所に立ったことがほとんどない。
洗い物もほとんどしたことがない。
やれと言われたこともない。
姉のMちゃんにいたっては「料理するくらいなら勉強して」と言われたらしい。なんだかお嬢様かなんかみたいなこと言われてるのね。(私は勉強してとも言われなかった・・・)
姉のMちゃんはお嫁に行ってから義母さんにお料理を習い、私はなんとなく本やらなんやらを見よう見まねでするようになった程度。
先日Lからロールキャベツを作ってくれと言われたが、ママのお得意料理の中のお得意ロールキャベツの作り方も習ったことがなかった。おまけに私はロールキャベツ自体を好んで食べなかったので(食べられるけど)、ロールキャベツに興味すらなかったのだ。たぶんレシピをみながら見よう見まねでLのために作るだろうけど、こればっかりは習っておくべきだったなぁとしみじみ思うのだった。
そういや自分の部屋は片付けろ、家の中を散らかすな!とはうるさく言われても、掃除や洗濯をやれと怒られたこともあまりないなぁ。何故だろう。家事をおしえようとやっきにならなかったママの考えを不思議に思うのである。
料理はしますか?と聞かれたら正直に「することはしますが、別に料理好きではありません」と答える。
(だって本当なんだもん。なんでも形から入るの大好きだから、すばらしいキッチンに調理道具に、おしゃれな食器と揃えられたら楽しめそうだけど、本当の料理好きってそういうことじゃないと思うしね。弘法筆を選ばず。)
まあ、それでもとりあえず「食べることが好き」という家族や友人に恵まれ、「ひろみが(マミーが)作った料理が美味しい」と言ってくれる人達に恵まれているので、お料理をなんとか作れるようになった。それでいいのかとも思う。
Lはね、お料理に興味津々なので私の規模も狭く底の浅い知識を総動員してお料理教えてますよ。今のうちからしこんでおいたら、中学くらいには晩ご飯くらいたまには作ってくれるんじゃないですかね。